日本が誇る掃除の文化

誰しもが長所と短所を持っています。教育、仕事、政治などにおいても我々はよく前者を認めて伸ばすことよりも、後者に焦点を当てて批判しがちです。

そんなわけで今回は日本のワールドカップの残念な成績(グループ最下位)よりも、日本の長所攻めでいきたいと思います。(日本の大学生時代の一部の仲間内では「ダメ出し」ならず「良い出し」がネタとして一時期流行りましたが、今思うとなんて良い考え方だったんだと思います。)

おそらく多くの方が、日本のサポーターが青いゴミ袋をワールドカップ会場に持参しては「侍ブルー」を応援するため(何故青なのかは)、そして試合が終わった後は負けたにもかかわらずゴミ拾いのために使用したということで、世間を騒がせました。

日本の社会や特性にはいろいろ短所もあると思いますが、このニュースを聞いたときは自分が日本人であることを誇りに思いました(実際自分は何もしていませんが)。まさに2011年の東日本大震災の時の被災者の方が少ない食料や資源をシェアしたり、互いに譲り合ったりしたときもそうでした。


青のゴミ袋を振って応援する侍ブルーのサポーター (写真はこちらの記事より)


侍が負けた後に掃除をするサポーター (写真はこちらの記事より)

この掃除の一件を聞いて、約7年前くらいにニューヨークで演劇を勉強していたことを思い出しました。舞台パフォーマンスには掃除はつきものですが、皆嫌な顔をして掃除をしていましたが、少なくとも自分は掃除慣れしていたので苦でありませんでした。

丁度舞台裏の床を掃いていたときのことでした。右手でホウキを持ち、左手でちり取りを持つ例の掃き方です。
いきなり横から強い視線を感じたので、チラ見したところ、ニューヨークはクイーンズ区ジャマイカ出身(国ではありません)のクラスメートでした。
少ししてから、彼女が近づいてきてはこう言いました。
「ねえ、どうやってやってるの、それ?」
自分は疑問に思い、「それって何?」と言うと、
「それ!」と言っては、自分が持っていたホウキとちり取りを指差しました。

状況を理解するのに数秒かかりました。
よく考えてみる、日本の教育―児童・生徒が(教室、廊下、トイレ等の)掃除をするシステム―を受けてきた自分にとっては、掃除道具の使い方を知っているのは当たり前でした。しかしよく考えるてみると、学校での経験以外ではホウキやちり取りを使ったことが無かったということに気付きました(掃除機のおかげです)。

日本の教育制度には色々問題がありますが(大学入試に重点を置きすぎ、実践的な英語をあまり教えない、比較的ディスカッションや特異性が少ない、ましてやインクルージョンなど)、中には普段あまり意識しないような素晴らしい点も結構あります。その一つとして学校のスケジュールに掃除を取り込むことです。

多くの児童・生徒は掃除を好まない傾向にありますが(自分もそうでした)学校で掃除することから色々学ぶことがあります:掃除のテクニックや重要性(自分の演劇の例)、学校に属しているという意識(「自分がきれいにした学校」とより繋がりを持つ)、我慢、グループワークなど。
更に、この制度によって、他の国のように学校の掃除従業員を雇わなくていいので、かなりお金が節約できます。

ブラジルの日本サポーターは、まるで「自分で出したゴミは自分が責任を持つ」ということを訴えたかのように行動を起こし、世界をインスパイアーさせました。思うに日本は掃除文化を世界に広める存在になれるかもしれません、まさに教育システムが我々に教えたように。


掃除する児童たち(写真はこちらの記事から

また、12月31日までに大掃除して、新年をきれいな環境で向かうという習慣も日本ならではというのも注目できる点だと思います。

それではこのブログエントリーを、学校の先生が遠足でよく使いがちな有名なセリフでしめたいと思います。

来たときよりも美しく!帰るまでが遠足です!

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