18歳を18年過ごして気づいた年の取り方における学び


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「学びに年齢は関係ない」

この記事は、この考えに賛同する、実践している、またはこれから何かに挑戦したいという人(筆者もその一人)のためのものです。

人は誰しもが歳をとる。歳をとるにつれて学びも増えてくるが、ある一定の時期を過ぎると、学びが停滞する人もいる。その理由の大きな一つが歳というのも少し皮肉なところである。

「18歳」

私は自己紹介する時や、年齢を聞かれた時は、正式な場を覗いて大抵こう伝えるようにしている。

2019年12月5日、36歳になった。単純計算すると、18歳を2回過ごしたことになる。これもいい節目だから、その歳に自分がどういう意味を見出し、何故そこにこだわっているのか、歳と学びの関係・大人と子どもの関係について、そして18歳だった頃の自分と36歳になったこれまでの人生について振り返ってみたい。

なぜ18歳

思い起こせば、実際に18歳になった頃から18年間、自分は18歳だと言い続けているが、なぜ18歳にこだわっていたのか考えてみた。

子どもの権利条約での定義によると、18歳までが子ども、ということでこの歳は子どもと大人の境界に位置することになる。ただ、子どもの権利条約の存在など当時は知るよしも無かった。じゃあなぜ18にこだわったのだろう。

少し話はそれるが、18歳と言い続けて数年、誰からも違和感を持たれなかった。実際、20代後半、30歳くらいになるまでは、18歳と言えば信じてくれる人も結構いた。そもそもアジア人は歳が見分けにくいというのは有名である。とりわけ私は日本人の中でも童顔であるようで、中にはレストランなどの隣の席で知り合ったばかりの人と会話を交わしてしばらくしてから歳を聞かれたことがある。正直に答えたたところ(基本的にあまり知らない人には18歳ではなく実際の歳を伝える傾向がある)、急に起立しては「すみませんでした!年下だと思って馴れ馴れしい話し方をして!」と言われた経験もある。自分の年を伝えて謝られたのは初めてだった。

また、子どもと一緒にいると若さを保てるとはよく言ったものの、教育の勉強をし、教師や子どもと触れ合う仕事などをこともあり、成人になってもかけっこをしても苦にならないといった若さを保ってこれたとも言える。

また、一人旅を始めたのも18歳くらいだったと思う。それ以来、旅を続けているが、一つの場所に止まらないと時間の感覚がずれる(例えば日本を出てから13年目だが、自分の中の日本はその頃から時間がやや止まっていたり、新しい土地に行けば常に初心になる)。

つまり、いい意味で怖いもの知らず、意欲とやる気さえあれば何でもできる、そんな年齢が自分にとって18歳だからだ。自分はそんな18歳のようなマインドセット(考え方)を持ち続けて学び続けていきたい。マインドセットに絡めて、少し私なりに子どもと大人の違いについて触れてみたい。

子どもと大人

既述の通り、18歳は国際的な基準によると子どもの最後の歳でもある。ただ、人の性格や成長の速度も十人十色であり、時間がたったから「はい、あなたはこの瞬間に大人になりました。」というものでもないような気がする。一生懸命がむしゃらに遊んで、学んで、新しいことに挑戦して人間力を鍛えてきた人と、何もせずにボーっと日々を過ごしてきた人では、人としての深さも違ってくると考える。これまで両者を見てきたが、自分はなるべく前者でいたいと願っている(特に多くの国が「若者」を35歳までと定義していることもあり、自分は物理的年齢ではもう若者でもない)。

少し残念(危険とも言える)なのは、歳をとればとるほど、自分自身への念持や周りからのプレッシャーなども絡めて歳を意識するようになり、「自分ももういい歳だから」と思うようになり、不自然な大人への移行を遂げる。もちろん、誰もがそうではないが、結構そういう人が多いような気がする。不自然な大人への意向の例をいくつか挙げてみたい。

私は兄が2人いたということもあり、昔から年上の人と時間を過ごすことが多く、色々なことを学ばせてもらった(末っ子は、年上の言動を色々と観察しているものである)。ただ、反面教師もごくたまにいた。例えば、20代前半のダンサー時代に関わりがあった人の中には、15歳以上年上の先輩(今の自分と同じ36ー7歳だったと思う)がいたが、未だに両親の実家に住み、仕事をしていないがとりわけ何かをしているわけでもないという人だった。そういう人に限って「お前ら年下にはわからないだろうが・・・」と上からまくしたてるようなセリフをよく吐いており、正直あまり尊敬できる人ではなかった。一方、年下のダンサーには、とにかくいろんなことを学んで上手になりたいとがむしゃらに練習している人が多く、こちらも頑張らないとな、と色々学ばせてもらった。同時に、歳の取り方には気をつけないとなと思うようになった。人間としての経験値や深さを磨かずに年月がたつと、「自分はこんなことをしてきた・できる」ではなく無意識に「自分は大人だから」と言う危険な考え方に陥ってしまう。

もう一つ子どもと大人の大きな違いに関する例を挙げてみたい。私が26歳になった冬、スキー講師をしていたころの話だ。主に小学生の初心者コースを担当していたが、とにかく子どもたちは成長が早い。中でもダントツに成長が早かった子どもに共通しているのは、上手くなりたいという気持ちが強く、こけても何度も立ち上がって挑戦するところである。7転8起とはよくいったものだが、彼らは100転101起きくらいでも中々へこたれない。これは、最近ではGritと呼ばれる大切な性質の一つである(日本語で言うと、「何くそ精神」や「根性」と訳されるかもしれない)。一方、大人に対してスキーレッスンをする機会も恵まれたが、できればもうやりたくないと思わされることがよくあった。というのも、医者や弁護士などのエリート層と呼ばれる仕事についている人に限って、こけた後に立ち上がるのを嫌がり、中には「なんで俺がこんな惨めな姿をさらさなきゃならないんだ」と途中でゲレンデを去る人もいた。

餅は餅屋といったように、一つの分野で達人になっても、他の分野では素人である。60年間寿司を握ってきた名職人でも、船の運転をさせたら(寿司ではなくハンドルを握りながら)すぐに沈没してしまうかもしれない。学びは無限であり、常に初心に戻る準備をしていないと、新しいことを学ぶことができなくなる。実は、上述のスキーを教え始めたのは、アメリカで教師をしていた26歳頃で、半ば無理やりスキー教室の講師の話を受け、youtubeで無理やり基本を頭に叩き込み、実際に初心者に教えながら自分も学んだという経験からも、学びに年齢は関係ないということに自信を持って言えるようになった。また、5年前、31歳になった誕生日に合わせて、ブレイクダンスのヘッドスピンの練習を再開したのも「歳をとりすぎたと言うことはない」という同様のメッセージを含めたからである(10年前はもっとできていたけれど)。

もちろん、大人になればできることも増え(ビールが飲める、ナイトクラブにいける、法的に働けるため自分のお金で買い物や旅行ができる等、と考えることは遊びだらけか)早く大人になりたいという人も少なくはない。自分も少なからずその気持ちはあった、特に教師時代に童顔の若者教師として保護者に舐められやすかった時は、どうにかして年上に見えるように工夫していたこともあった(今でもなかなか生え切らない髭を残しているのはその時からの影響かもしれない)。

少し前置きが長くなったけど、私なりの子どもと大人の違いは、一言で言うと、子どもは遊び好きで変なプライドがなく学ぶのが早い。一方大人は、責任感が増える一方、失敗することを嫌う。

この問題の根本の一つは教育制度だと思っている。この世に生を授かってからハイハイを経て、間違いを繰り返しながら母語のネイティブになる。そして学校(主に小学校、最近では幼稚園でも読み書きを学ぶ国が増えてきた)に入った途端、間違えることが悪とされている教育を受け、そのシステムをくぐってきた人は、失敗を恐れる「大人」として製造されてしまう。実際今の教育システムは、200年以上前の産業革命時に、読みかきができて工場で働ける人を生み出すための大量生産工場のようなものがそのまま受け継がれている。自分もそのような製造工場(教育制度)をくぐってきたが、不良品だったのか、ありがたくも失敗を悪とする製品には育たなかった。以下に述べるようないくつかの言語を学んだのも、大学を出てからだ。学びと失敗は密室な関係にあり、後者を避けては前者を勝ち取れない。

過去に何度か紹介したが、Henry Fordの名言は正に的を得ている。

二十歳であろうが八十歳であろうが、学ぶことををやめた者は老人である。学び続ける者はいつまでも若い。人生で一番大切なことは、若い精神を持ち続けることだ。

実際、自分はどんな大人になったのだろうかを見るために、18歳だった頃と36歳の今の自分について少し比較してみたい。

18歳の頃の自分

18歳の頃はもちろん、上述のような学びや教育制度について考えることなどほぼなかった。というより、考える暇もなくがむしゃらに自分のやりたいことをしていた(と記憶している)。当時、自分は日本の大阪でバンド活動などをして楽しんだ高校生活を終わらせ、浪人生をしていた(我ながら馬鹿なことに、現役生の時の大学入試センター試験のマークシートの一面全部を塗りつぶしし忘れるという見事な失敗ぶり)。にも関わらず、パーマをかけ、予備校で彼女を作っては、ゲームセンターでガンダムのゲームにはまりながらも、それでも勉強は何とか一応していたため、志望校に受かることはできた。その後、自分の人生の路線をがらっと変えたブレイクダンスやひとり旅に出会い、ひたすら踊りと旅を続ける数年を過ごすことになる。今の自分の根っこ・芽のようなものが当時からあったのだと思う。

36歳の今の自分

一方、その18年後の今、どんな人間になっただろうか。今の自分をスナップショットとして抜き出してみると、こんな感じだ。ケニアはナイロビ に住み、国連で子どもの教育に関わる仕事をしている(18歳以下と定義しているの子どもの権利条約が批准されて今年で30年)。一応日本語に加えて、国連公用語である英語・スペイン語・フランス語を何とか使うことができて、その他の言語(ポルトガル語・モンゴル語・中国語・スワヒリ語)も少しだけサバイバルレベルで話すこともできる。家族もあり、経済的にも自立している。複数言語を話す国連職員と聞くと、一見エリートのような人間に聞こえるかもしれないが、実は全くもってそうでない。18歳だった頃からの18年間を振り返ってみると、50カ国以上に一人旅行で行き、ダンサーから役者、料理人、教師などを経て、舞台で言うと5幕6幕と、なかなか幕変化が多い人生を歩んできた。未だにバックパッカーのような考え方で生きており、国連の仕事もまだまだ半人前のような扱いで大した仕事を任されるわけでもない。本来クリエイティブな作業が好きな自分にとっては、正直官僚主義の仕事にはついていけない(いきたくない)と思うことも多々ある。つまり、色々ともやもやしながら生きている。ただ、学ぶことだけは続けたい。最近では、何ちゃってレベルだがポルトガル語とスワヒリ語、そしてプロジェクトマネジメントの資格の勉強をしている。これからどうなるんだろうか。

実年齢、主観年齢と肉体年齢

ちなみに、年齢にもいくつかある。今回は主に実、主観、肉体の3種類の年齢を紹介したい。自分が36歳だというのは実年齢で、これはひっくり返し用のない事実である(筆者が何万回18歳と言い続けても、36歳であることには変わりない)。一方、主観年齢は、自分の気持ちの持ちようである。10代でもおっさんみたいな考え方や振る舞いをする人もいれば、70歳を超えても幼児のような言動を続ける人もいる。そして最後は肉体年齢。これが重なると老化し、色々な病気にかかる確率も増えており、生物学的年齢に比例すると信じている人が多いが、実はそうでもない。というのも、肉体年齢を左右するのは実年齢ではなく、主観年齢という研究結果が近年になってよく発表されている。つまりは、心を若く保てば実際の肉体年齢も若く保って病気にもなりにくい、一方、若い頃からおじいちゃんみたいな立ち振る舞い(そもそもどんな立ち振る舞い?)をしていれば、体もそうなってしまって認知症にもなりやすい。

これからの自分へ:リスタートと成長

18歳の頃と36歳になった自分を比べて見ると、共通していえるのは、好奇心と学び欲が旺盛というところだろう。また、違ったところといえば、今の方が学んだスキルは多く、人と比べることよりも自分と戦うことの方が多くなった。それはそれで素晴らしいことだと思う一方、昔に比べると、若干遊びと学びに関する貪欲さというか、怖いもの知らず感が衰えているような気がする。

教師、ダンサー、役者、料理人、国際協力など何幕もの舞台を(それぞれ本気で)経てきたこともあり、「人の何倍も生きている」とたまに言われることがある。もちろん他人の人生を比べることはできないが、自分でも学びたいという気持ちが強くとにかく行動してきた人生だったと思う(まだまだ終わってないが)。一方、その学びのスピードは少し衰え、することが単調化してきたような気もする。10年前の自分の方がよっぽど人に語れるストーリーを持つ自分だった。また、自分でも正直戸惑っているが、自称18歳と言いながらも、最近では他の人を見て「まだ若いな」や、「この年してこんなことばかりやってていいのかな」なども思うことが少し出てきた。普段から「歳なんて関係ない」と言ってきた(いる)自分がそんなことを思うのだから矛盾極まりない。今回、2度目の18歳、一度目の18歳から18年を迎えた36歳になったのをきっかけに、少し気持ちを初心に戻したいと思う。もう一度生き帰るつもりで。何度も人生を繰り返す気持ちで。

90歳までは心身ともに健康に生きたいと思っている。ただ、「心身共に」と言ったのは、丈夫な体で長生きするというだけでなく、心も健康でいたいという願いを込めている(そもそも心が不健康だと体も不健康になるという相関関係は実証されている)。そして、私にとって、心が健康であるというのは、何かを学んでいる・造っている、ワクワクしている状態が続いていることである。なので、「気持ちは18歳」という自分なりのモットーを、これからも貫き続けたいと思う。

リスタートとは、あくまでマインドセットであり、これまでの全てをナイロビの空に投げて0から始めるわけではない。36年前、または18年前に戻って、パソコンもスマホももたずにただ動き回るということでもない。都合の良い話だが、今まで学んできたことを糧にそれに付随しながら、似たような分野(例えば言語やブログ、プロジェクト)では成長の延長線上を、新しい分野(モノの作り方から全くの新しいエリア)では、失敗することを恐れず初心に戻り(そもそも新しい分野なので初心しかないはずなのだが、他の分野から変なプライドを輸入することなく)、学びをフォローアップすること(こちらはプロジェクトの経験から学んだ)を続けていきたい。

18年のサイクルを人生の指標に

この文章を書いているうちに、18年を一つのサイクルとして生きていくのも悪くないなと思うようになった。あと何回18歳を過ごせるだろう。ちなみに私は90歳までの人生プラン(かなりラフだが)を立てている。つまり、54歳、72歳、90歳と、あと18年を三回過ごせる。これまでの経験などを良い意味で生かしながらも、永遠の18歳を過ごしていければ本望である。ただ、これまでの自分を見てくると、結構やりたいことや考え方も変わってきた。18年後、自分が54歳になったときにでも、自信を持って、良い18年間だったと語れるような人間になりたい。そんな人間になるためにも、失敗を恐れず、好奇心と学び欲と努力(Grit)に身をつつみながらもこれから自分のペースで走っていきたいと思う。

次の18年間の目標としては、自分に正直に生きること。言い換えると、やってて本当に嫌だなと思うことはなるべくしない。

一人じゃない

ちょうど36歳の誕生日を迎えた早朝、村上春樹の本(電子書籍)「走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫) 」を読み終えた。数年前に購入した本で、なぜか36歳の誕生日前に読み始め、誕生日に読み終えた。もともと彼の小説は数冊しか読んだことなかったが、大きく3つのこと(自分のこれからの目標)を学んだ。

1.彼の文章は例えが面白く、人を引き込ませる(自分もそうできるように努力したい)
2.長距離走は健康にもいいが、生き方も教えてくれる(人生は一度、他人とではなく自分との戦いに勝つことを目指す)
3.やりたいことのためには努力を怠らなず、持続させる(とにかく行動あるのみ)

特に最後の点は、当たり前のようでなかなか「ハッ」とさせられる。どれだけの人が、自分のやりたいこと(目標)を持ち、それを実現するための健康な体を持ち、努力をしているだろうか。実はあまりいないかもしれない。

気に入った箇所は多くあったが、主に以下の段落が気に入った:ランナーになってくれませんか、と誰かに頼まれて、道路を走り始めたわけではないのだ。誰かに「小説家になってください」と頼まれて、小説を書き始めたわけではないのと同じように。ある日突然、僕は好きで小説を書き始めた。そしてある日突然、好きで道路を走り始めた。何によらずただ好きなことを、自分のやりたいようにやって生きてきた。たとえ人に止められても、悪し様に非難されても、自分のやり方を変更することはなかった。

考えさせられる。そしてページをめくっていくうちに、これは本当に偶然の賜物だが、「死ぬまで18歳」というブライアン・アダムズのヒット・ソングからもじった名前の章があり、かなりびっくりした。ここでも18に出会った。

感謝

色々とダラダラと書かせていただいたところ、未熟なところばかりだが、これまで色々と学んできたと自信を持って言える。自分が努力して頑張ってきたからだ、と言いたいところだが、健康な体や安全な環境にいることが可能なのは、丈夫な体に産んでくれた親や家族に感謝の気持ちで一杯である。また、いつの時代も支えてくれた人がいることも忘れてはいけない。アサンテ・サーナ(スワヒリ語でとてもありがとうの意)

今回の学び 

今回学んだのは、子どもの最後の年である18歳から18年経った今も、好奇心と行動、努力さえ伴えば、今後も心を若くして学び続けることができ、18年のサイクルを一つの人生の指標のサイクルにするのも悪くないということ。

最後まで記事を読んでいただきありがとうございます。もしこのブログが気に入った場合は購読お願いします。もしコメントや質問があれば遠慮なくどうぞ。良い学びを!

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