モンゴル5ー文化と教育とありがとう

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追加:この記事はモンゴルシリーズの最後(part 1, part 2、 part 3. part 4 を参照)。

そのわりにはあまり触れていなかったモンゴルらしさである独自の文化や生活について、そして筆者が仕事で関わっていたテーマでもある教育について簡単に述べ、精一杯のありがとうでこのシリーズを締めたいと思う。

3つのモンゴル:2つのUBと地方

まず、モンゴルといえば、自分が見てきた中でも大きく3つのエリアに分けることができると思う:

  • 首都UB中心地:先進国の首都なみに都会化しており、食事や飲み物、娯楽にも困らない(前回の記事でカバーした)
  • UBゲル地区:中心地から車で20−30分走った郊外にあり、スラム街とも言える場所で、電気や水、十分なインフラが整っておらず、大気汚染の原因ともされており、課題は多い
  • 地方:モンゴルの広大な土地と遊牧民が特徴で、まさにモンゴル独自の特徴をもっている 

1と2のUBは人口(300万人)の半分を占めている。地図(中国の北)をご覧になってほしい。その巨大な面積の国に300万人ということで、世界でもっとも人口密度が薄い国の一つである。UBに半分いるので、150万人くらいの人が広大な大地に点在していることになる。

文化

モンゴルの文化の全てを語れるほどモンゴル通でもないが、自分で見て聞いて感じたことを簡単にまとめると、やはりモンゴルの遊牧民の生活がモンゴルらしさをあらわしているのだと思う。主観性は否めないが思いつくまま記してみたい。

遊牧民

遊牧民は、多様な家畜とともに年中移動することになる(毎日ではないが、季節ごと、または牧草のはえ具合)。

食事については前回カバーしているために重複しないが、基本的に家畜の乳や肉で生活を賄うため、現金をあまり所持しないケースも多い。インターネットの接続に仕事を左右されがちである現代人にすれば、彼らの生き方はとてもかけ離れたものであり、個人的には美しいとさえ思う(意外にソーラーパネルを使ってテレビや携帯電話などを使用する家庭もある)。

服装

伝統的な服装はデールという裏側は家畜の毛、表側はカラフルなデザイン材で、デールを着ては馬に乗って大地を走っている姿は、まさにモンゴルのシンプルさ・逞しさ・優美さをほのめし、外国人だけでなく都会で生まれ育ったUBの人をも魅了する。

乗馬

乗馬に関しては、遊牧民世帯は5歳ほどの小さな子どもでも上手に乗り回すことができる。ただ、乗馬と子どもに関しては、複雑な事情もある。モンゴルでは乗馬の伝統が根付いており、大きな祭りの際には乗馬大会が開かれるが、基本的には小・中学生くらいの子どもが騎射となることが多い。問題は、落馬のリスクが伴うこと。いくら乗り慣れた騎射といえど、「弘法も筆の誤り」「猿も木から落ちる」「モンゴルの子どもも馬から落ちる(新しい諺にできる?)」ということで、高速の馬から落ちることで、重症を負うことも少なくない。リスクは誰もが理解しているが、乗馬で勝つと地位や名誉、お金にもつながるため、子ども騎射を積極的に訓練する家庭が多い。一方、子ども援助機関はそのような「伝統」に対して「子どもの安全と権利」を訴え続けているという少し複雑な事情がある。筆者も多くの子どもジョッキーと話す機会があったが、多い意見としては、「落馬は正直怖いが、小さい頃から乗馬をするように言われているため、それが当たり前になっている。勝てると嬉しい。」といった複雑な様子である。

ナーダム

そういった事情を除けば、モンゴルの祭りは実に特徴的で愉快でもある。暖かくなった7月に3連休の祝日を使って毎年開かれるモンゴルの大祭といえば、「ナーダム」である。UB版と地方版があるが、内容はほぼ同じで、乗馬大会に加えて、弓矢の射的、羊のくるぶしの骨のおはじき、相撲などが同時進行で行われる。中でも相撲は日本のような狭い土俵ではなく、かつ「のこったーのこったー」といった行司もいないために、基本的には舞台に限りはなく、勝負がつく(地面に膝や背中、手をつけると負け)のにかなり時間がかかる。

特に地方では子どもから大人まで相撲をとることがあり、学校の行事でも相撲大会が開かれることがある。筆者も地方出張の休憩時に、かなり華奢な同僚に相撲を挑まれたことがあり、「怪我してもしらないぞ」という雰囲気で対応したら、どこからそんな力が出るんだと言いたくなるほど強く、簡単に負けてしまった。日本でもモンゴル人力士が活躍する背景が実感できた。

学校行事でもあるモンゴルの相撲の話はさておき、話を教育にうつしてみたい。

教育

基本的に、モンゴルの教育水準は高い。社会主義国家であったということもあり、ソ連時代から教育には力を入れていた様子がみられる。小学校の就学率も95%もしくはそれ以上を長年保ってきており、識字率も100%と言われている(実際は非識字者もいることは確認している)。

モンゴル面積の大半を占める地方の学校では、小中高一貫学校の隣に寄宿舎という並びのケースが多い。遊牧民の子どもは6歳から親元を離れて寄宿舎で暮らして学校に通うことになり、親とともに暮らしながら通学していた筆者を含む多くの人には若干想像し難い様子である。一方、寄宿舎暮らしを6歳からしている青年は、集団生活を自分たちの手でまかなうことに慣れており、男女ともにとても逞しい様子もある。基本的に地方やUBを通してシフト制である。

課題

もちろん抱える問題もアクセス・質ともに多くある。就学率に関しては、残りの5%がなかなか埋まらないのも、障害や貧困、その他複雑な事情を抱える子どもたちが教育を受けることができていないからである。または授業の質も疑問視されており、教師が一方的に知識を詰め込むといったスタイルがいまだに主流な教授法である。特に筆者の見解としては、詩の暗唱に力を入れすぎたというところである。地方の学校訪問をしたときは、子どもたちが大人を前に、暗記した詩を詠みきった後に大人が拍手するというのも典型的なケースである。一度、3分にもわたる詩を筆者に見事に朗読してくれた女の子がいたが、「すごいねー!この詩はどういう意味なの?」ときいたところ、「意味はわからない」といわれたときに衝撃を受けた。もちろん詩の暗唱に害があるとは思えないが、限られた授業時間の中、そして21世紀に必要なスキルをもっと教育を通して養っていく必要があるというチャレンジだらけの昨今、意味もわからない詩の暗記に時間をそこまで費やしていいのかという疑問は常に持っていた。

その答えは、モンゴルの子どもや教師、政府が教えてくれるだろう。

自然の脅威

実は、遊牧民が人口の3割以上にも至るモンゴルの事情と、親元を離れて寄宿舎で暮らして学校に通う遊牧民の子どもには、少し複雑な事情がある。

モンゴルの自然はとても美しい。夏は青い大空に緑の大地、冬は青い大空に真っ白の大地。その景色に放牧された動物が加わるコントラストは見事で、地方出張は基本的に車で片道8—10時間が一般的だが、景色を見ているととにかく

飽きない。

しかしそんな自然がモンゴルにもとらす脅威もある。それは寒雪害「ゾド」と呼ばれるモンゴルに特有な災害で、字が表す通り、寒くて雪が激しい冬である。基本的にモンゴルの冬はマイナス40度になることもあるが、ゾドの冬は特に厳しく、特に家畜にとっては文字通り死活問題である。

これまでは5年〜10年の周期で起こることが一般的だったゾドだが、2015/2016年の冬と2016/2017年の冬は2年連続で起こったとされている。とにかく国際機関や政府間でも「ゾドとはなんぞや。ゾドを決定するのなんじゃい」という議論が、筆者がいた3年間ずっと繰り広げられていた。

ゾドとは何か、どういう影響があるかを簡単に説明したい(複雑であるため、例外もおおいにあることを承知いただきたい)。

ゾドの背景や基本的な負のサイクルのモデルとしては以下の通り:

①夏に干ばつが起こり、牧草が育たない→②厳しい寒さと雪で家畜も弱り食べ物もない→③家畜(遊牧民の財産)が死んでいく→④遊牧民の家計が困窮する

⑤子どもの教育や生活にも影響する→⑥職を求めて地方からUBのゲル地区(スラム街)に移住する(ケースもある)→⑦なかなか職にありつけず、生活環境も悪い、かつ冬は薪を燃やすために大気汚染が増す(冬のUBの大気汚染は北京やニューデリーよりもひどいといわれている)。

遊牧民や援助機関でも、⑤を実感しているケースが少なかったため、筆者の仕事としては⑤に対して支援をしながらも、政策提言をしていくというやりがいのあるものであった。フットワークの軽い存在でありながらも、事業を一から練り上げ実施し、政府関係者と議論を交わし、影響を与えることができる存在は、まさに国際NGOならではと思う。スタッフや上司のサポートがなければ、仕事はままならなかったに違いない。

モンゴル出発

教育の仕事がきっかけでモンゴルにやってきて、その仕事のおかげでモンゴルの地方やUBゲル地区の様子を知ることができた。そして約3年の月日がたち、新たな教育の舞台をもとめて、モンゴルを離れることになった。

外国人の事業担当して仕事をしてきたが、基本的な背景としては、専門性をもった外国人が現地スタッフと力を合わせてより良い仕事をするというものである。海外の知見などやその他のスキルをもとに活躍することはできるだろうが、基本的には現地の言語や文化にも精通している現地スタッフが物事の大半を動かしているし、そうあるべきだと思う。言い換えると、3年いて自分ができることは出し切ったし、何か伝えることが仮にあったとすれば(良い意味でも反面教師でも)3年あれば十分伝えることができたはずであり、それ以上筆者がいる意味はあまりないのかなと思っていた。それと同時に興味のある次の舞台に目を向けるようになった。

ありがとう

大変なこともあった。酔っ払いに絡まれたことも、携帯電話を盗まれたこと、いきなりビンタされたこと、色々あったが、とにかく色々学ばさせてもらった。まとめると、最後はこれにつきる。声を大にしていいたい。

「マシ・バイラルラー!(とてもありがとう)」

次の舞台は、アフリカという初舞台である。それも、フランス語兼の西アフリカ、モーリタニアである(アフリカをあまり知らない筆者にとって全く未知の世界)。独学のフランス語を伸ばし、自分が興味のある色々な文化の起源(音楽、ダンス、人類、等)を知ることができると思うと、とにかくわくわくする。モンゴル同様、遊牧民や広大な面積を持つという共通点もある。モンゴル同様、大変なこともあるだろうが、最後には声を大にして「ありがとう」と言えるよう、突っ走ろうと思う。

今回の学び

教育を通してモンゴルの大地を踏むことができ、教育を通してモンゴルを知ることができ、教育を通してモンゴルを去ることになり、「教育」を通してまさに「教わり」「育つ」ことができた。

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