2種類の国旗の使い道

9月のチリでは、街中で多くの国旗が風に揺られているのが見れます。なぜなら18日は独立記念日(正確には独立して初めて議会が開かれた日)で盛大な祭りが至る所で行われます。

その一方、実は長月のチリにはもう一つ大きなイベントがあり、そこでも人々は国旗を使い、忘れられない出来事についてプロテストします。まるで、「あの日を覚えているか」といわんばかりに。

1973年の9月11日、ちょうど41年前に社会主義のサルバドール・アジェンデ政権が陸軍将軍アウグスト・ピノチェによって倒され、彼はその後1990年まで独裁政権の座にいました。

その17年間、多くの人が誘拐され行方不明になり、拷問され、そして殺害されました。以下に示す写真に写っている2人の女性は、独裁政権によって父親が殺されたという同じ傷を持つ政治家です:左に移っているのは上院議員のイサベル・アジェンデ氏(元大統領アジェンデの娘)で、右は現大統領のミチェレ・バチェレ氏です。

(写真元:Cooperativa.cl)

2001年のワールドトレードセンター攻撃と同様、チリでも今後ずっと9月11日が記念日として追悼されることでしょう。大事なのは、単にこんなことがありましたねとリマインドするだけでなく、過去の教訓から、将来に向けてどうすれば今後このようなことが起こらないようにするかについて行動するべきだと思います。

現在もずっと議論されている チリの居行く改革 ですが、昨日の記念日で多くの人が、「過去に受け止めて将来を築いていくためにも、独裁時代の捉え方についても教育改革で議論されるべきだ」といっていたのは、前向きな姿勢だなと思いました。

クーデターから40年後の1年前は、いくつかのワークショップに参加して、当時の被害者の衝撃的な生の声を聞いてきました。自分は被害者でもチリ市民でもないけれど、ブログ上での情報伝達や、次世代の子どもたちに被害者の話を語るなど、何かできるんじゃないかなと思います。チリの独裁政治という枠組みではなく、人類の悲しい歴史として受け止めるためにも。特に南米は独裁主義大陸とも言われるくらいなので、自分の記憶がある限り語り続けようかなと思います。

11/09/2014 - 11:35
(追悼式の様子_写真元:Cooperativa.cl)

記憶といえば、最近読んでいる本に、記憶と暗記がどのように機能するかというものがあり、かなりおもしろいので、また近いうちにブログで紹介しようかなと思います。ここまで読んでいただきありがとうございます。

シェア

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください