世界の問題をどうやって自分ごとにするか―2022年世界難民の日

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今日はまたいつもと同じ日ですか?

おそらく、一部の人にとっては「Yes」、特定のグループを含めた他の人にとっては「No」だと思います。

本日、6月20日は世界難民の日であり、今年は世界的な注目を集めたウクライナの危機もあったため、少し特別な扱いです。しかし、ほとんどの国際問題と同様に、ウクライナ侵攻から5か月以上経過しており、このような世界問題は時が経つにつれて「自分ごと」にならなくなり、当たり前と見なしてしまう傾向があります。そして、ウクライナの危機に加えて、世界では今この瞬間もたくさんのことが起こっています。

国際援助と難民問題に取り組んできたものとして、今回の記事では、この難民の日を称えるために世界の難民をとりまく状況を少しだけ述べ、世界的な問題をどのように自分ごとに関連付けるかについての一案を紹介したいと思います。

世界の難民の状況

まず、難民とは何ですか?

難民条約やUNHCR(難民支援の国連団体ー国連難民高等弁務官事務所)によると、難民とは、人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々のことです。まとめると、強制的に外国に逃げて難民認定された人。他の強制避難民として、国内に逃亡したIDP(国内避難民)や、居住国を離れ、別の国で亡命申請する人(アサイラムシーカー)などがいます。

以下のイメージは難民に関する概要で、左側は約60,000人のマリ難民が住むモーリタニアの難民キャンプで、右側は2020年のUNHCRのファクトシートです。

注目すべきは、ファクトシートの#6「四人に三人の難民が長期的危機に巻き込まれている」。
これは、誰かが難民になると、大半が長期難民(5年以上連続して難民となる人)になる世界的な傾向があることを意味します。 2020年現在、世界難民の約80%(1600万人)が長期難民です。私が出会った難民でも、親の世代から難民だったので、生まれも育ちも難民キャンプという人もいました。

なぜそんなに多くの長期難民が?

一概には言えませんが、多くは世界的に起こっている継続的な戦争、紛争、脅威等のためです。21世紀の今も人々は戦い、人を殺します。人類は最も賢い動物であるはずですが、「戦争には勝者がいない」という歴史的事実をまだ理解していないようにも思えます。

国際社会がなんとか解決策をもたらす努力をしている間、長期難民の傾向という現実にも対処しなければなりません。したがって、2018年に、グローバルコミュニティは、他の解決策を模索しながらも、持続可能な措置の一環として、難民が受入国の社会制度に含まれるインクルージョンを提言しました。教育でいうと、受け入れ国の公立校に難民が通うことにできるための提言です。

世界的な注目を浴びたウクライナ危機に話を戻しますが、これは第二次世界大戦以来の最大/最速の難民危機の1つであり、2022年6月の初めで既に1,300万人以上が避難民になりました(国外で500万人、国内で800万人以上)。支援団体に所属する身として、世界中の人たちが個人や企業レベルでなんとか支援をしようと立ち上がったその姿はまさに感動的でした。ただ、予想外の出来事として世界に衝撃を与えたシリア難民危機のように、このウクライナ危機も予想外でした。シリア危機は10年以上にわたる長期問題になっており、残念ながら世界において注目を浴びなくなりました。ウクライナ危機はどうなるんでしょうか。

これらから、いつでも世界のどこでも何か不足の事態が起こる可能性があり、世界的な注目はすぐに停止する可能性があることを示唆しているのではないでしょうか。したがって、グローバル社会に生きる我々は、SDGsや世界平和を本当に目指すなら、世界の問題を「自分ごと」にすることが大切だと思います。

難民危機の複雑さの例

難民危機で複雑なのは、多くの受入国が開発途上国であるということです。つまり、自分たちの国民のケアをするのに苦労している間に、他の国から多くの人がやって来ることになります。そして既述の通り、国際社会は、難民を受入国のシステム(健康、教育、社会福祉等)の中にインクルージョンすることを積極的に提案しています。先進国の難民受け入れ国でも一筋縄いかないので、これはかなりの難題です。

難民問題が長期化するにつれて、難民コミュニティと、難民の受け入れ側(ホストコミュニティ)のバランスを見つけることは、社会的結束のためにも重要となってきます。私がモーリタニアのマリ難民で働いていたとき、ホストコミュニティの村長と話す機会がありました。それまで国際支援団体は難民キャンプだけを何年も支援し、ホストコミュニティに入ってはキャンプに直通して支援を提供していたため、村の人はすでに多くのストレスを感じていました。そんな村のリーダーである彼が、以下のような複雑な気持ちを共有してくれたときのことを今でも覚えています。

私たちは国境関係なく皆が兄弟姉妹であるため、難民を支援したいと思っています。しかし、私たちもとても貧しいのです。我々は国際支援団体から何を受け取りますか?ああ、彼らの車が難民キャンプに行く際に出す車の煙くらいだろう。
ー難民キャンプ受け入れコミュニティの村長ー

重複しますが、彼ら彼女ら難民は、すぐに安全に自国に戻ることができません。ホストコミュニティとしては、難民を受け入れたいという善意にもかかわらず、長期的になっていることに何かしら不満を抱いていることも事実なので、両方をサポートすることは持続的な解決の一部であり、国際支援としてもそれに取り組むことにしました。

3年前の今頃(世界難民の日・アフリカの日)、私はマリ難民キャンプとモーリタニアのホストコミュニティの両方の若者のために自己表現ワークショップを実施しました。若者グループが、自分自身を表現するために、さまざまな分野の専門家を招待してワークショップを選択しました(エッセイ、絵、演劇、ダンス、ラップ、音楽など)。この活動の趣旨としては、我々は皆違いがあり、自己表現にもたくさんの方法があり、そして自分の興味のある分野で参加型の活動をすることで、さまざまなスキルを楽しく学ぶことができるということを体感することでした。

普段は支援の調整やマネジメントに回って表に出てこない私でしたが、今回はダンス専門家としてワークショップの講師になりました(下の写真を参照)。全セッションの後、参加者から以下のようなポジティブなフィードバックをいただき、とてもやりがいを感じました。

こんなに楽しくて学びのある活動を経験したことはありません!
ーマリ難民キャンプとモーリタニア 難民受け入れコミュニティの若者ー

同ワークショップでは、ここでは書ききれない感動的な話がいくつもありました。(もう少し興味があるという方は当時のレポートにもう少しだけ詳しく載っています)。何を隠そう、彼ら彼女たちより学んだのは私自身であり、自分にとっても忘れられないものになりました。

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世界の問題をどうやって自分ごとにするか

この記事では難民危機の概要や複雑さを紹介しました。

この記事では難民支援の一例も紹介しました。

それでも世界の問題を自分ごとに感じるには十分ではありません。

例えば、難民問題に直接関わったり個人的な思い入れがあったりする筆者でも、「自分ごと」にすることは正直とても難しく、自分には関係ないという意識を避けるためのリマインダーや関連する人とのつながりを保つようにしています(それでも難しい)。困っている人に寄付や支援をする志の高い多くの人でさえ、長期間つながりを維持することは困難です。毎日、それぞれが自分の人生を生きています。世界の問題は長期的に継続していますが、ニュースでも古いものは放映されません。自分の生活に直接関係あるという実感がないので、時間とともに忘れたり、意識が薄れていったりします。つまり、感情的に自分を奮い起こすなつながりが希薄化します。

世界中の人々が立ち上がった現在進行中のウクライナ危機においても、「彼ら彼女らの問題」ではなく、「私たちの問題」と意識するためにも、何かのつながりが不可欠です。もし世界中の人が世界の問題を「自分ごと」にすれば、それぞれが行動を起こし、より良い世界を作るための変化が起こると信じています。しかし、残念ながら戦争や紛争は今も昔も続いており、それらを情報として処理するだけでなく、我々と世界を感情的なつなぐ何かが必要となってきます。

例えば、世界問題をなんとかしようと、国連等の団体が頻繁に関連書物や報告書を出していますが、文字数も多く、なかなか理解できない言語や内容であるためか、一部の人にしか読まれないかもしれません。読まれたとしても、それはあくまで事実として認識され、行動を起こす源である感情のつながりを生み出す可能性は低いかもしれません。

じゃあ、解決策は?

そこで、世界と感情的につながり、色々な問題を「自分ごと」にするための私の提案の1つは、食べ物です。

そう、毎日食べる食べ物(もちろん、食べるものがあるだけでもラッキーです)。我々は皆、生き残るために食べなければなりません。生き残るだけでなく、食べ物は人を幸せにもします(何かを食べるとき、人が集まり、話し、笑い、そして楽しみます)。また、食べ物は文化も反映しています。

例えば今夜、ウクライナ料理をおいしく食べてその文化を学ぶと、おそらく明日関連ニュースを聞いたとき、私たちは少しだけ昨日とは違った気持ちになり、何か行動を起こすかもしれません。食べ物を通して彼らとのつながりができたからです。

今日、シリア、アフガニスタン、ベネズエラの食べ物を食べたらどうしますか?

他の国のごはんを食べること自体が、異文化への扉を開けることにつながります。加えて、食べている間にその文化を学ぶきっかけ(誰かにその国について簡単に説明してもらうなど)があれば、セミナーや学校の授業より耳を傾けるのではないでしょうか。更に、異文化を学ぶことで、自分の文化や自分自身を振り返る学びにもつながり、食事を楽しみながら自分の世界観が広がります。

ウクライナ侵攻から2か月後のデンマークで、私は仕事とは全く関係なく1人のウクライナ難民に出会い、友達になりました。デンマーク、ウクライナ、日本の食べ物について話しているときに、その新しい友人は、「食べ物が自分と世界をつなぐ架け橋になり得ること」を再確認させてくれるような発言をしました。

食は人々を結びつけ、学びや幸せをもたらします。
ーウクライナ難民の友達ー

私は基本的に「世界XXXの日」(XXXは教師、難民、女の子など)のファンではありません。なぜなら、私たちは皆1年の特定の1日だけでなく、毎日生きて生活しているからです。とはいっても、世界難民の日にちなんで記事を書いているのは、他の手段で十分な注目を集めていない人々にスポットを当てるのは時には必要なのかなとも思っているからです。

このような記事を書いていると、色々考えさせられることがありますが・・・とにかく腹が減った・・・

今日は何を食べようか?ウクライナ料理とかどうかな(見た感じかなり美味しそう!)

Traditional Ukrainian
(出展)

今回の学び 

難民危機を含む世界の問題は複雑であり、無関心とともに忘れ去れていく傾向にある。食べ物を導入することは、世界の問題を自分ごとに関連付け、私たち自身についても学ぶための1つの方法であるかもしれない。

最後まで記事を読んでいただきありがとうございます。もしこのブログが気に入った場合はメール登録お願いします。もしコメントや質問があれば遠慮なくどうぞ。良い学びを!

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