予期せぬ出会い

つい先日、素晴らしい出会いがありました。日本ならほぼ皆知っているであろう、『五体不満足』の筆者、乙武洋匡さんがモンゴルはウランバートルに来て、新しい本屋ができた記念イベントにて、モンゴル語で訳された彼の本について講演しました。

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更に、このイベントには、モンゴル人の元横綱、朝青龍さんも来ており、正に2つの予期せぬ出会いでした。

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この『五体不満足』(17年前に彼が大学生の頃に出版したもの)は、戦後の日本の歴史で歴代2位のベストセラー(約600万部の売り上げで、ちなみに1位は黒柳徹子さんの本)実際、この本が出版されたときから世間に騒がれた彼のことは知っていましたが、去年にひょんなきっかけでこの本に出会うまで一度も読むことはありませんでした。

今回のイベントで、会場に来ていた皆さん(主にモンゴル人)は、彼のストーリーや、出生から彼を支えてきた人たちにとても深い感銘を受けたと思います。彼には、一ヶ月も初めて会えた手足のない赤ん坊に対して、「かわいい」と言って暖かく育ててくれた母親がいました。少しでも一人前に生きていけるようにと、あえて厳しくしてくれた先生もいました。そしていつも気遣ってくれ、仲間に入れてくれた友達がいました。まさに幸運なことに、彼の環境はとてもインクルーシブ(包括的)だったといえるかもしれません。

そして彼の講演の後の質疑応答のコーナーで、自分もいくつか質問をすることができました。

自分:
素晴らしいお話をありがとうございました。実は、インクルーシブ教育(普通学校に障がい有る無し関係なしに皆で学ぶ教育)についていくつか質問があります。

質問の前に少しだけ前置きですが、今回乙武さんに会えたことは何かの運命かもしれないというと思っています。というのも私は地球の裏側のチリでインクルーシブ教育に関わっており、その後在チリ日本国大使館で勤務することになり、ひょんなことで乙武さんの本に出会い、初めて読み、感動しました。地球の裏側に戻ってきてここモンゴルでお会いできたことをとても嬉しく思っています。
質問についてですが、他の多くの国同様、モンゴルでもインクルーシブ教育はまだまだ普及していないと思っています。

私の質問は以下の3点です:
1. インクルーシブ教育についてどうお考えですか。
2. どうすればインクルーシブ教育が日本や他の国で促進されると思わますか。
3. 障がいを持っていない人がどのようにインクルーシブな社会作りに貢献できると思われますか。

彼は少し間をおいて、注意深く、そしてとても丁寧に返答してくれました。
1. インクルーシブ教育についてどうお考えですか。
「より平等な社会作りのため、この考え方にはとても賛同します。そして社会の中で、「みんな違ってて当たり前」という考えがもっと普及すればいいと心から思います。」

2. どうすればインクルーシブ教育が日本や他の国で促進されると思わますか。
「特に日本のような異文化の影響を受けにくかった島国では、障がいを持った人たちが「普通の人」ではないという扱いを長い間受けてきました。なので、人々が少しずつ慣れていくべきなので、時間と努力が必要だと思います。その変化に貢献するために私はメディアに出ていますし、これからも続けていきたいと思っています。」

3. 障がいを持っていない人がどのようにインクルーシブな社会作りに貢献できると思われますか。
「他の人、特にマイノリティー(少数派)の立場に常に立つ努力をすること、そしてそのイメージをいつも保ち続けることだと思います。やはり、インクルーシブな社会作りのために、相互理解が不可欠だからです。」

このイベントは会場全体の盛大な拍手で終わりましたが、きっと彼はモンゴルの変化に向けた小さな種を植え付けたのではないかと思います。そして、彼の訳本がそれを促進されるのではないかと思います。

ちなみにですが、質疑応答の際に、朝青龍も質問をしていましたが、「今度温泉に一緒に行きましょう。」という内容のものでした。おそらく皆の注意を引きたかったのかなと思いましたが。

今回学んだのは、

五体不満足で生まれた乙武さんは、とても理解のある人たちの中で育ちましたが、まさにそういう人たちがインクルーシブな社会に不可欠だということ、そして彼の話に感銘を受けた人たちが、今度は他のマイノリティー層の人たちを理解することができるようになるのではないか。

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予期せぬ出会い」への2件のフィードバック

  1. sayuri

    私も詳しく聞きたいなー。
    今私も色々悩んでます。
    中、高校と環境が変わって、大学で専攻もあってもう一度マイノリティと言われる人たちに出会って、視野が少し広がった気がする。
    その子にとって、生きていくなかでつけて欲しい力があって、そのなで彼らが言う別れ道というものがあって、この仕組みが何とかならんのかなー。
    メディアを使いながらも、可哀想とか、偽善とか、変なイメージの植え付けじゃなくて、理解のためになったらいいのにね。

    返信
    1. MD 投稿作成者

      「我々」と「彼ら」という概念を植え付けているのは、実はメディアや受けてきた教育だったりするから、やっぱり小さいころから、いろんな人がいて当たり前というのを、いろんな角度から実感してもらえるような社会作りが大切ですね。かなりよくはなってきてると思うけど。そのためにも、我々、今の大人がすべきことはいっぱいある気がします。

      返信

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